記録をつけるということ(就寝時間)
A先生の応用行動分析に基づく個別指導の中で、私が一番「他と違うなぁ」と思ったことは、
「記録をつける」ということでした。
「記録」といってもイメージがわきにくいと思うので、以前ひさ吉に対して指導してもらったものを一例としてあげます。
これは、当時ひさ吉がいつも12時ごろにしか就寝しなかったので、
「9時ごろに就寝できるようにしたい」
と相談したときに受けた指導です。
まず、次のようにデータをとるように言われました。
1.決まった時間に布団に入る。(はじめ22時、後に21時にかえました)
2.本人が寝入った時間を記録する。
3.次の朝、起きた時間を記録する。
また、表にあるように朝までの様子、目覚めの様子、などを記録する。
4.寝入るまでに要した時間、睡眠時間を計算して記録する。
結果として、次のような記録を得られました。
「ST200109.xls」をダウンロード (Excelファイル)
or
「ST200109.pdf」をダウンロード (pdfファイル)
表にすると、なんだかごちゃごちゃしていますが、一回に記録する量は、たいしたことではありません。
おまけに先生は、親が先に寝てしまった場合は、記録できなくてもしょうがない、という逃げ道まで作ってくれました。やむおえず決めた時間に布団に入れなくても、それを記録しておけば良いとも言われました。
絶対こうしなければいけない!ということよりも、「記録をつけることが大切」という感じでした。
その結果、データを見ていただけるとわかるのですが、2週間あまりで9時に布団に入ると、30分以内でほとんど寝てしまうようになってしまいました。
この結果を先生に報告すると、
「良かったですね。これでこの指導は終わりです。」
と言われました。
目標が達成できて、メデタシメデタシなのですが、ちょっと続きがあります。
私は、この指導はある種のテクニックだと思っていました。
ところが、しばらく先生の元で個別指導を受けていると、
これはテクニックでもなんでもなく、
単に「ベースラインの測定」を行ったに過ぎなかったんだ、
ということに気づきました。
「ベースライン」とは、
ある問題の解決に用いる方法が有効であるかどうかを判断するため、
その方法を用いる前の状態をきちんと把握する必要があり、
その指導前の状態の記録です。
つまり、この場合は、
「ちっとも早く寝てくれない」ということが、具体的には一体どういうことなのか、
ということをきちんと把握するために、
この「ベースライン」の測定を提案されたわけです。
おそらく先生は私がこの「睡眠」に関する相談をしたとき、
「睡眠障害」に近いものを想定され、
たとえば、今後入眠剤を使ったり、その他の指導をする場合、
それらの有効性をきちんと見分けるために、
「ベースライン」の測定を指導されたのだと思います。
余談ですが、先生は常々、
精神科等での薬の処方について疑問を持っておられるようでした。
つまり、多くの場合の入眠剤や精神安定剤の処方は、
本人又は親の主観的な判断に委ねられているところが多く、
「効いている気がする」とか「効いていないみたいだ」という、
ある種「あいまいな」患者の訴えに対し、
量を調節したり、種類を選択したりしており、
客観的なデータに基づいてその判断が行われていないことが多い、
と言われていました。
さて、ひさ吉の話に戻します。
このことによる結論としては、乱暴な言い方ですが、
「記録をつけることにより、問題が解決した」
と言えなくもないと思います。
なぜ、そんなことが起こったのでしょう。
この指導を受けるまでの私はこの問題について真剣に取り組んでいたとは言いがたく、
「人間は眠くなったら寝るものだ」と思っており、
なんだかねむそうになったら、やっと布団に連れて行き、
しばらくポンポンとしながら寝入るのを待ち、
しばらくして寝なければあきらめる、というのを繰り返し、
結局寝入るのは12時ごろ、というのが現状でした。
早く寝れないからといって、誰かにとがめられるわけでもなく、
私も楽なほうに流れていたとも言えます。
しかし、この睡眠状態の記録をとることを指導されたことにより、
「決まった時間に布団に入り、寝入るまで布団から出ない」
ということをせざるをえなくなり、
「2週間」という期限付きであり(2週間後の個別指導のときに報告する必要があったため)、
何とかがんばることができたんです。
「記録なんかつけなくても、
『決まった時間に布団に入り、寝入るまで布団から出ない』ということを、
はじめからやればよかったんじゃない?」
というご指摘もあろうかと思います。
ごもっともです。
おそらく記録なんかつけなくても解決できる方はたくさんいらっしゃるでしょう。
でも、私は記録をつけるためにその条件を整えなければ、解決できなかったと思います。
記録をつけることでしか、そうできなかった、とも言えるかもしれません。
なんだか釈然としないかもしれませんね。
他にも、記録をつけることで、良い方向に行ったことがあるので、また、書きますね。
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コメント
初めまして。自分も自称、行動療法家として自閉症の子どもたちの臨床をやらせて頂いている者です。ひさ吉くんへの介入を読ませて頂いて、すばらしいなと感じました。以前、ある学会で、行動分析で有名なI先生が「研究者にとって、『研究をする』という行動の強化子は『研究によって得られたデータ(グラフ)』であり、次の新しい研究を始めようとする時の弁別刺激は『前回の研究によって得られたデータ(グラフ)』だ」とおっしゃっていました。
ひさ吉くんのお母様も、そのような研究者たちと同じような行動原理でひさ吉くんへの介入を続けられたのかもしれませんね。
投稿: shingoro | 2008/01/15 12:07
shingoroさま
コメント、ありがとうございました。初めて内容についてのコメントを頂いたので、ちょっと小躍りしています。
行動分析を専門とされている方にとっては用語の使い方などおかしなところもあったと思いますが、寛容な心で呼んでいただき感謝いたします。
自分の子どもの指導についてはいくらかやってきたつもりですが、行動分析学という学問についてはほとんど素人で、用語などいまいちピンときていない母ですが、少しずつ慣れていきたいと思っています。
おかしなところがあったらご指摘いただけるとうれしいです。
投稿: ぴさまま | 2008/01/16 16:01